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1992年モスクワ、ペレストロイカのあと。
ロシアでの生活
ロシアでの生活

うそつきで危険な国??

「ソ連」と聞いて思い出すのが、私が小学校5年生の時、社会の授業で聞いた先生のひとこと。

「ソ連という国は、うそつきで何を考えてるか分からない危険な国なのよ。」
今思えば、そんなこと先生が言っちゃっていいのでしょうか?
こども心に「ソ連ってこわいんだぁなぁ。」と思ったものでした。
そもそも、これが「ソ連」もとい「ロシア」とのはじめての出会いでした。

それから、大学受験を控え、進路を考えていた時、
あのゴルバチョフさんの名前が新聞を賑わしていました。
「鉄のカーテン」が彼の手によって取り払われようとしていました。
幼い時に、耳にした「うそつきの危険な国」のベールがめくられようとしていました。

「アメリカと並ぶ大国の言語を勉強したら、将来、役立つかもしれない」という淡い期待と
「めったに学習者がいないから」というあまのじゃくな気持ちと
「変な形のロシア文字がかわいい」という安易な理由で、
大学はロシア語専攻を選んでしまいました。

入学3ヶ月後、あまりのむずかしさに後悔。
しかも、大学卒業後は、日本のバブル崩壊とロシアの経済不安が続き、
ロシアとの合弁企業もどんどん撤退し、ロシアとのビジネスは減る一方。

「将来、役に立つかも」という淡い期待も、
残念ながら…というか、
やっぱり…というか、
みごとに崩れたのでした。

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